豊橋創造大学【八木教授】連載:手すりを考える③~手すりの設置位置~
今回は、手すりについて3回目のコラムです。第1回目は手すりにまつわる雑学的なこと、第2回目で人間の動作と手すりの関係性を説明してきました。
ここでは、実際に設置する際に考慮するポイントをお話ししたいと思います。
目次
手すりの設置について
今回は、自宅で手すりを必要とする場所に、実際に設置するための方法をお話ししようと思います。
玄関と手すり
日本の家屋ではたいてい玄関にたたきと上がり框があります。家に入るためにたたきで靴を脱ぎ、上がり框に上がって家に入るという動作をする必要があります。
動作が不安定になってくると、まずは靴の脱ぎ履きの動作が何かにつかまらなければできなくなってきます。これは、前にかがんで両手を使うため非常に不安定で転倒につながりやすい動作なので、たたきにいすを置いて座って行うことをお勧めします。
そして、上がり框にはつかまるための縦型の手すりが必要になります。
また、玄関には下駄箱がたいていどちらかにあると思います。場合によってはこの下駄箱が手すりの役目を果たす場合もあります。
手すりを設置する場合は使う本人が靴の脱ぎ履き、家の出入りという一連の動作を実際に行ってその設置場所を決めることが重要になります。
トイレと手すり
(縦手すりは便座から立つ時に立ちやすい位置に。ズボンの上げ下げ時にも使います)
トイレの便器からの立ち上がりについては、歩行が安定していて、立ち上がり時に少し力が不足している場合や膝などに痛みがある場合は、横手すりだけでもいいです。
この場合の取り付け位置は、手と前腕で横手すりを押して立ち上がるので、主に手すりを利用する人が便座に座って前腕を乗せやすい高さに設置します。
トイレが狭く便座先端と前方の壁が50㎝未満の場合は、前方の壁に横手すりを付ける方法もあります。その場合は、座ってまっすぐに腕を伸ばした高さから、立った時の肩の髙さまでの間で、実際に使用する人が一番立ちやすい高さにします。
転倒しやすい人は、立つ時には横手すりを押すよりも縦手すりを引っ張って立った方が安定して楽に立つことができます。また縦手すりは立った後にもつかまって姿勢を保つことができるというメリットがあります。
トイレ動作にはただ立つことや座るという動作だけではなく、衣服を整える動作が必要になります。特にズボンやスカートなど下半身の衣服を整えるためには少なくとも片手はフリーにして立つことが必要になるため、この縦手すりは重要になってきます。
転倒しやすい人や立つ力の弱い人向けに、設置する手すりの位置は、必ず使う人が実際にそのトイレで動作を行ってみる必要があります。
標準的な位置は一応ありますが、その人の状態によって座っている姿勢や立ち方が異なってくるからです。縦手すりの位置は便座の先端か25~30㎝ぐらいが立ちやすい位置ですが、実際に立ってみて位置を決めます。
便座に座って用を足す姿勢を安定させるためには、横手すりも必要になります。これは先ほどの場合と同じように、座って前腕を乗せやすい位置に設置します。このような状態の人には縦・横のL字型の手すりが必要になります。
浴室と手すり
次に浴室の手すりについて、入浴に関する一連の動作を見ていきます。
脱衣場と手すり
まず、脱衣場での衣服の更衣動作についてです。
通常は立ったまま着替えることができますが、この時は両手を使う必要があります。
ズボンや下着などを脱ぐときには、片足立ちになる必要があります。これにはかなりのバランス機能が必要となります。片手で手すりをもって着替えるということはとても難しい動作になります。
みなさんの自宅を思い出してみてください。
脱衣場には洗面台や洗濯機などがあり手すりを付けるスペースがあまりない場合があります。多くの場合は洗面台や洗濯機などにつかまったり寄りかかったりして着替えているのではないかと思います。
また、加齢などで動作が不安定になった場合は、いすなどに腰かけて更衣動作を行うことが現実的かと思います。
洗い場と手すり
次に洗い場で体を洗うという動作についてです。
これも着替えと同様に両手を使います。動作が不安定になった場合はしっかりしたシャワーチェアなどを使って安定した座位で洗うことをお勧めします。
浴槽と手すり
最後に浴槽の出入りです。
体を洗う動作だけなら、洗い場でシャワーのみで済ますことができますが、やはり湯船につかりたいものです。そのためには浴槽のヘリをまたぐ必要はあります。また風呂桶の底は洗い場より低くなっているので、またいで降りるという横の移動と縦の移動が必要になります。
しかし、たいていの場合は浴槽のヘリをつかんで立たないでしゃがんだまま乗り越えることで浴槽へ出入りします。
恐らく、入浴動作で手すりが一番必要な場面は湯船につかっているときかと思います。最近の浴槽は、ゆったりの足を伸ばして長座から少しリクライニングして入ることができるものも多くなってきています。その場合は、すでに浴槽に体を起こしたり前後に移動したりする手すり(グリップ)がついているケースもあります。
廊下と手すり
廊下の歩行時にも立位が不安定になってきたら手すりが必要になってきます。
前回のコラムにも書きましたが、手すりの特性は押すことも引っ張ることもできるということです。歩行時の不安定な体に対し前後左右に対して押したり引っ張ったりして姿勢を保つことができます。
手すりの高さですが、これは床面から手すりの上面までが75~80㎝という目安があります。
しかし、手すりとは手で押さえたり握ったりするもので、あくまで手の位置が重要になります。杖の長さを決めるときは、手で持った時に肘が少し曲がる(30°程)くらいがおすすめです。
階段と手すり
階段の手すりと廊下の手すりとの違いですが、廊下の手すりは普段は上から押していて、倒れそうになると引いたり強く押したりして体制を修正します。階段の手すりの上りは、常に体を引き上げるように引く力で前上方に引き上げています。下りは、手すりを押して体が前下方に落ちていくのを止める作用をしていることです。平地の廊下に比べて大きな力が常にかかっているということです。
杖の設置については、廊下と同じように主に使用する人が一番握りやすく力が入る高さがよいと思います。
最後に
これまで3回にわたって手すりについてお話してきました。手すりは使用する人の状態に合わせて設置することが望ましいいと思いますが、あくまで家は家族が生活する場所です。
ぜひ家族全員の意見を取り入れて、快適な住環境が整うと良いですね。
【参考資料】
・小原二郎 「インテリアの人間工学」ガイアブックス 2008年
・勝平純司 「介護にいかすバイオメカニクス」医学書院 2011年
・溝口千恵子 「生活にあわせたバリアフリー住宅Q&A」ミネルヴァ書房 2002年
・野村 歡 「OT・PTのための住環境整備論 【第3版】」三輪書店 2021年
■監修_リビングサーラ/施工管理担当者_資格:1級建築施工管理技士・2級建築士
WRITER PROFILE
八木幸一
豊橋創造大学 保健医療学部 理学療法学科 教授
理学療法士として心疾患や呼吸器疾患の急性期や在宅リハビリテーションなどに従事した後、豊橋創造大学にて理学療法士の養成および大学の地域貢献事業推進、在宅リハビリテーションや災害時の要介護者の避難などの研究・支援などを行っている。