高齢者が転倒する原因や予防策とは?豊橋創造大学【八木教授】が解説
高齢者の要介護や寝たきりの原因の一つに転倒があげられます。
転倒自体は誰でも起こることですが、高齢になると骨折の危険性が高まります。転倒は運悪くつまずいてしまったとか年のせいでバランスが悪くてふらついたとか思ってしまいますが、その原因を考えれば、ある程度防ぐことができます。 今回のコラムでは転倒の要因、そしてその予防策を解説していきます。
目次
高齢者にとっての家庭で起こりえる転倒とその危険性とは
“転倒”の要因とは?
転倒はだれでも経験することだと思います。
生まれてから歩けるようになるまでは、転倒の連続、子供のころも膝にすり傷を作った思い出があるはずです。そして大人になるにしたがって、転倒した記憶は少なくなってきます。
しかし、大人になってから転倒したことのある方は、足をくじいたり骨を折ったりとケガを負うことが多くなると思います。
そして高齢者になると、体の衰えをどうしても感じるようになり、再び転倒の回数が増えてきます。高齢者は骨ももろくなり、転倒の際には骨折の可能性が非常に高まり、その骨折が介護や寝たきりの原因になることが多いのです。
国民生活基礎調査による介護が必要となった原因について、
認知症16.6%、脳卒中16.1%に次いで骨折・転倒13.9%
となっており 、介護予防の観点からみても重要な要因となっています。
参照:国民生活基礎調査
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/14.pdf
今回はこの転倒のリスクとその予防方法について解説していきます。
自宅で転倒リスクがある場所は?
「転ぶ」ということから連想するイメージは、道を歩いていて転ぶ、仕事中に転ぶ、スポーツをしていて転ぶなど、外出しているときに起こるというイメージがあると思います。
しかし、東京消防庁の調査によると転倒事例の約6割が自宅で起こっています。
参照:東京消防庁
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/topics/202009/kkhansoudeta.html
自宅内で転倒する場所は居間、寝室、玄関、浴室、階段などです。
居間を例にとってみると、電気のコード、敷居、カーペットやこたつ布団、雑誌や新聞(チラシ広告)など、つまずいたり滑ったりする原因がたくさんあることがわかります。
居間における転倒の原因
参照:政府広報オンライン、暮らしに役立つ情報より
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202106/2.html
高齢者の主な転倒の原因は?
転倒というのは、つまずいたり滑ったりして倒れてしまうことを言います。
仮につまずいても、体勢を立て直すことができれば転倒することはありません。皆さんも、わずかな段差でつまずいたり濡れた床で滑ったりして転びそうになったことはたびたびあると思います。
では転んでしまう場合と、転ばない場合は何が違うのでしょうか?
「滑って転ぶ」=「バランスを崩す」というイメージがあると思います。
転ぶ場合はバランスを崩して“立て直すことができなかった”場合になります。
では、立て直すことができなくなる原因は何なのでしょうか?
「バランス」という言葉のイメージでは、平衡感覚に問題があると思われがちです。
運動機能の測定で片足立ちを行ったことがある方もいると思いますが、高齢になると片足立ちの保持時間が急激に減少します。片足立ちを保つためには、まず体が傾いてきたことがわかる必要があります。
体の傾きを感知する感覚すなわち「平衡感覚」で転びそうになることがわかることが必要になります。
これは、耳の中の三半規管というところで感知するほかに、体中の関節にあるセンサーで関節の動きを感知し、視覚で傾いていることを察知した情報を脳で統合するという複雑な機能です。
片足立ちの時に目をつぶると途端にふらつくのは、視覚が閉ざされ平衡を保つための情報不足に陥るためです。
しかし、転びそうになることが分かっただけでは転倒を防ぐことができません。
転びそうな状態を立て直す必要が出てきます。
ここで重要なのが下肢、体幹の“筋力”です。
高齢になるにしたがって筋力は低下してゆきます。
文科省の握力の調査によると70歳代では20歳代のピーク時の約30%減になっています。
活動性の低い高齢者ではより筋力が低下している可能性があります。つまずいたり滑ったりした場合は、片足で自分の体重を立て直す必要があり、非常に大きな力が必要になります。実は先に述べた平衡感覚については、脳や三半規管の疾患による低下が主な原因で高齢になっただけではあまり機能低下はありません。
しかし筋力については高齢になると全員の方が程度の差はあるにしても弱くなってしまいます。
したがって高齢者のバランスの低下は筋力の低下が主な原因と考えられています。
高齢者の転倒を防ぐための対策とは?
高齢者の転倒を防ぐための対策を4つご紹介します。
適度な運動を行う
筋力やバランス感覚を維持するために、軽い運動やストレッチを日常に取り入れましょう。ウォーキングや太極拳など、バランスを養う運動が効果的です。
住環境の見直しをする
床に散らばっている物を片付け、つまずく原因となる障害物を取り除きましょう。また、滑りやすい床材や床の段差解消、手すり設置などのリフォームを行うことで転倒の予防ができます。家全体の照明を明るく保ち、特に階段や廊下などの移動経路に十分な光を確保することも大切です。
転倒しにくい靴下や靴を選ぶ
家の中では滑りにくいスリッパや靴下を履き、外出時にはしっかりとしたグリップのある靴を選びます。足にしっかりフィットする靴を選び、つまずきやすいゆるい靴やサンダルは避けましょう。
定期的な健康チェックの重要性
視力や聴力の低下、筋力の衰えなどを早期に発見するために、定期的に健康チェックを受けましょう。
高齢者が転倒した場合の注意点
痛みがある場合や骨折が疑われる場合は、無理に動かさず、その場で安静にさせます。頭部を打ったり骨折が疑われる場合は特に動かさないようにしましょう。出血がある場合は、清潔な布やガーゼで圧迫して止血します。
転倒後は、軽い症状でも医療機関で診察を受けることが重要です。見た目にはわからない骨折や内出血、脳震盪などがある可能性があるため、早期に適切な治療を受けることで、症状の悪化を防ぎます。
高齢者の転倒予防は身体的な筋力が重要
ここでは転倒を予防する方法を考えてみます。
冒頭に述べた自宅内での転倒しやすい要因では、家屋の環境を示しましたが、今回は転倒の身体的な要因、特に筋力に焦点を当てて解説したいと思います。転倒にはほぼ全身の筋肉が関係していますが、特に重要になるのは下肢の筋肉です。
※上図 転倒に関連する下肢の筋肉:運動器の機能向上マニュアルより(厚生労働省)
代表的な筋肉を図に示しました。転倒には前後、左右各方向があります。前後方向については下肢の前側についている大腿四頭筋、前脛骨筋および後ろ側についている大殿筋、ハムストリングス、下腿三頭筋、が重要になります。
横方向については下肢の外側についている中殿筋と、この図ではみえませんが内側についている内転筋という筋肉が重要になります。
それに加えて向う脛についている前脛骨筋にはつま先を上げる筋肉で、転倒の原因となるつまずきを防止する重要な役割があります。
一つずつ筋力のトレーニング方法を紹介します。
転倒と片足立ち保持時間には密接な関係があり、転倒を予防するには片足足保持時間を長くする必要があります。これについては以前のコラムで紹介しましたので、今回は転倒に焦点を当ててみます。
高齢者の転倒防止トレーニング~前後方向の筋を鍛える~
前後方向の筋力強化は歩く動作をゆっくり行うつもりで片足立ちになり、浮いたほうの足を前後にゆっくり動かします。以降の運動は、ふらつく場合は手すりやテーブルの端などを持ってもかまいません。まずは自分が何回ぐらいできるかを試してみてください。そしてできる回数を徐々に増やしていってください。
*ふらつくときは手すりなどをもってくれぐれも転ばないように注意してください
同じ前後方向ですが、足首の動きの強化です。つま先立ちと、かかと上げを連続して行います。またつま先上げはつまずき防止にも役立ちます。
*ふらつくときは手すりなどをもってくれぐれも転ばないように注意してください
高齢者の転倒防止トレーニング~左右方向の筋を鍛える~
左右方向は片足立ちで、浮いたほうの足を左右にゆっくり振ります。
*ふらつくときは手すりなどをもってくれぐれも転ばないように注意してください
高齢者の転倒防止トレーニング~足指を鍛える~
バランスを保つにはもう一つ足の指の筋力も重要な要因です。足の指の強化でタオルギャザーと呼ばれる運動を紹介します。床にタオルを広げ足の指で手繰り寄せるという運動です。
※タオルギャザーを足指でつかむトレーニング
豊橋創造大学【八木教授】からのメッセージ
今回は転倒について解説してきましたがいかがだったでしょうか?
改めて自宅の中のリスクチェックやトレーニングなどを試してみてください。くどいようですが、トレーニングで転倒をしてしまってはまさに本末転倒ですので。
ふらつく場合は必ず手すりなど安定したところを持って安全に実施してください。また実際に転倒してしまったときは、痛みが長く続いたり、腫れてきた場合は骨折の可能性が高いので無理に動かさずに直ちに医療機関の受診をしてください。
早期の適切な治療やリハビリによって寝たきりなどを防ぐことが重要です。
WRITER PROFILE
八木幸一
豊橋創造大学 保健医療学部 理学療法学科 教授
理学療法士として心疾患や呼吸器疾患の急性期や在宅リハビリテーションなどに従事した後、豊橋創造大学にて理学療法士の養成および大学の地域貢献事業推進、在宅リハビリテーションや災害時の要介護者の避難などの研究・支援などを行っている。