豊橋創造大学【八木教授】連載:手すりを考える①~手すりについて思うこと~
転倒は骨折の原因の一つとなっています。高齢者の場合、骨折すると介護が必要となることがあります。また自宅の中で起こることが多い転倒は、それは手すりなどで予防できる場合があります。
今回からの3回のコラムを通して、手すりの必要性や設置の方法などを人の動作の観点から解説していきます。
目次
建築家コルビュジエの“登る”行動の考え方と手すり
国立西洋美術館を訪れたことがある方は、片方の手すりのみの階段を見られたかもしれません。(※現在は使用禁止状態になっています)
高いところが苦手な私はこれを見て、実際に登ってみたら怖そうだという印象を持ちました。
階段やスロープに対する建築家の考え方は様々であり、あえて不安定にして注意深く登ることで転落を防ぐという考え方もあると思います。
まだバリアフリーという概念がない1959年開館の国立西洋美術館には、前述したような階段があると思えば、ゆったりしたスロープで展示室をつないでいるところもあります。
また、安心して作品を鑑賞ができる場所があったり少し緊張が高まる場所もあったりして、建築家コルビュジエの“登る”という行為に対するとらえ方が見て取れます。
登る行動と転倒
“登る”という行為はいつでも危険が伴います。
危険な所を登っていくとその先に何か得るものがあるとき、もしくは好奇心で人間は高いところに登ります。しかしそこには転落のリスクが伴います。できるだけ安全に登るために、人はいろいろと工夫をしてきました。
それがロープや梯子や階段、スロープということになります。
そして登りやすく転落しないように手すりが付いています。
建築の設計の起源:身体尺
大昔、人類は自分の住むところは自分で作っていましたので、自分もしくは家族に見合ったサイズで作るのは当たり前で、段差や手を置くところなどもその人の身体や生活の動作に会った場所やサイズで作っていたと思います。
のちに家や建物を作る職業の人が現れると、他人の家を作ることになり、設計をする必要が出てきました。
日常生活ではメート法を使いますが、住宅の間取りを見ていると家のサイズに関しては現在でも間口が何間とか尺貫法で表現されていることもあります。
昔、ものの長さは身体を基準としていました。尺という字は元々親指と人差し指を広げた象形文字から来ているといわれ、人の身体を基にした身体尺です。
ヨーロッパで広く使われているフィートも足のサイズからきた身体尺です。
手すりの高さと運動機能
手すりは使う人の身体特徴や運動機能によって、また場所や使う状況によってそれぞれ違う形状や高さがあります。様々な人が使用する公共施設の手すりは、日本人の標準身長から考えた高さに設定してあると思いますが、個人の住宅はその住人がサイズを決める基準になります。
身長だけを考えて作ると実際に使用したときに使いにくく感じたり、転倒を招くこともあります。設置場所で行う動作まで想定して手すりの高さや形状を決めることが原則になります。
建築家コルビュジェの手すりの設計
前述の建築家コルビュジェは、設計時の寸法に関して人の身長を基にしたサイズを重視しており、その思想を学んだ吉阪隆正氏が「手すりの高さは普通どれくらいですか」と尋ねたところ、「手すりに普通というのはない」と答えたというエピソードがあります。
手すりはその場所や使う状況によってそれぞれ違う形状や高さがあるという非常にまっとうな考えです。
余談になりますが、このコラムを書いているときに、私が学生の時(40年以上前です)の友人が建築を学んでいて、彼の課題の製図を手伝っていた時に「コルビジェって知っている?」と聞かれたことを思い出しました。
その時は、翌日提出の製図に必死で「知らない…」で終わりましたが、今思えば授業でコルビジェの「モデュロール」を習って、私がリハビリを学んでいたので、体のサイズに関することなので知っていて話がつながると思って聞いたではないかと・・・。
↑コルビジェの「モデュロール」昭和28年発行の貴重な本が豊橋市中央図書館に収蔵されています。
手すりの役割
手すりには転落や転倒を防止するものと動作を補助するものとの2つに大別されます。
転落を防止するものにはベランダやバルコニー(余談ですが両者の違いは屋根やひさしの有無で、バルコニーにはそれがないということを今回知りました。)やデッキ、橋の欄干に設置するものがあります。この転落予防の手すりは高さが110㎝以上に決まっています。
人間の重心は身長の約56%の高さにあります。
この高さなら、身長が196㎝以下の人は手すりが重心より高いところにくり計算で、もしよりかかっても転落しにくいことになります。
今回から3回のコラム連載の中で、家屋に設置されている動作を補助する手すりについてお話させていただきます。
動作という観点から分類すると、廊下などについていて身体を横に移動させるときに、手を滑らせて使う「ハンドレール」というものと、トイレや玄関などについて上下方向の移動のときに使う「グラブバー」というものに分けられます。
このように「手すり」といってもその役割にはいろいろあり、それに応じて形状やサイズなども変わってくるということになります。ここで重要なのは、人がつかまるというところです。いざという時にしっかり握ることができなければ意味がありません。
最後に
今回は手すりとはどのようなものか、そしてその形状や高さについての説明をしましたが、手すりについてはまだまだ考えることがたくさんあります。次回は人の動作の観点から手すりについて考えてみたいと思います。
(参考資料)
1)ル・コルビュジェ著 吉阪隆正訳「モデュロールⅠ」美術出版社 1957年
2)フローラ・サミュエル著、加藤道夫監訳「ディティールから探るル・コルビュジエの建築思想」丸善株式会社 2009年
3)日経アーキテクチュア「近くにあって実は遠い 手すり大全」NA選書 2008年 文章
■監修_リビングサーラ/施工管理担当者_資格:1級建築施工管理技士・2級建築士
WRITER PROFILE
八木幸一
豊橋創造大学 保健医療学部 理学療法学科 教授
理学療法士として心疾患や呼吸器疾患の急性期や在宅リハビリテーションなどに従事した後、豊橋創造大学にて理学療法士の養成および大学の地域貢献事業推進、在宅リハビリテーションや災害時の要介護者の避難などの研究・支援などを行っている。