豊橋創造大学【八木教授】連載:手すりを考える②~手すりに関する運動学~
前回は、手すりから考えられることを建物と身体の関連について、思い出などを交えてお話ししました。
今回は、手すりを考える時に必要な人の動作について解説していきます。
手すりの形状や太さと“握る”動作
公共施設の廊下などの健常な人が多く使用する場所では移動時の補助が主目的の為上の写真①のように、手で握るというより、手を置いて滑らせていくため平たい形状になっています。
しかし、いざという時には指がかかって握ることができるように、あまり幅が広くても転倒予防にはなりません。また、病院や老人施設など転倒しやすい人が使用するところでは、円い棒状のしっかり手で握ることのできる形が必要になります。
それに対し、トイレや玄関の上がり框など上下方向の移動時に使用する手すりはしっかり握ることのできる形状のものが必要になります。しっかり握るためには、握ったときに指が重なる必要があります。下の写真は手すりの直径により指の重なり具合の違いを比べています。
写真②はトイレなど上下方向の移動時に推奨されている直径32~35㎜のものです。指がしっかり重なっていて離しにくいことが分かります。
それに対し写真③の直径43㎜の手すりでは、親指と人差し指に間があり指が重なっていません。これでは握力が相当ないと手すりを離してしまいます。
このように手すりの太さだけでも用途に使う人に合わせたものを使用しなければ事故予防につながりません。
“立ち上がる”動作を知る
立ち上がるという動作は日常何気なく行っていますが、手すりを設置する位置を考えるにはその動作を詳しく知る必要があります。ここでは日常動作で必要となる椅子などに座った位置から立ち上がる動作についてみてみます。
一度皆さんも椅子に座ってみてください。
そして立ち上がってみます。
まず立ち上がる準備として、少し前にかがみます。背筋を伸ばす人はいないと思います。
そして膝を曲げて両足を少し踵の方にひきます。
そうすることで足の裏のかかとからつま先の間に重心を移動させます(写真④)。
そうしておいて膝と股関節を伸ばすことで真っすぐ立つことができます。
“立ち上がる”動作と手すり
立つ動作を補助するための手すりには、横手すりで行う方法と縦手すりで行う方法の2種類があります。
まず、横手すりを使用して立つ方法を説明します。
椅子のひじ掛けや壁につけられた横方向の手すりを押して体を持ち上げる方法です。これにより膝や股関節を伸ばす力をサポートして立つため、下肢の筋力が弱くなった場合に有効になります。
立つときに膝に手をついて膝を伸ばす助けをする場合がありますが(写真⑤)、この動作は横手すりを利用した立ち上がりと同じように膝を伸ばす助けをしています。
次に縦手すりについて説明します。
縦手すりは通常壁などに取り付けられています。立つときは体の前方の縦型手すりを使用します。これを持つことにより、まず重心の前方移動をサポートします(写真⑥)。そして手すりを引っ張り、体を持ち上げ立ちます。
この方法は前の手すりを持つことにより、前後方向の安定性を増して転倒を予防することにつながります。その反面、手すりで体を引き上げる動作は力が縦方向の動きと横方向の動きに分散されるため、膝を伸ばす力のサポートは縦手すりに比べて少なくなります。
“歩く”動作を補助する杖と手すりの違い
歩くときは安定性を保つために、いろいろなものを使います。
杖もその一つです。今回のテーマの手すりにも廊下や階段などのついている「ハンドレール」という歩行の安定性を保つためのものがあります。ここでは杖と手すりの違いについて説明したいと思います。
骨折や脳卒中などでリハビリを受けたことがある方や、訓練場面を見たことがある方なら、リハビリ室に平行棒という器具があるのをご存知かと思います。
何らかの原因で歩くことができなくなり、歩行訓練を始める場合まず平行棒の中で立ってから、左右にあるバーをもって行います。平行棒の中で歩くことができたら、次の段階として杖をもっての歩行練習に移ります。平行棒(手すり)で歩くことと、杖で歩くことには大きな違いがあり、平行棒で歩けても杖で歩くことができないことがあります。
両者の違いは平行棒(手すり)では押すことも引くこともできますが、杖は押すことしかできません。手すりでは、倒れそうになった時に手すりを引っ張って姿勢を直すことができますが、杖はそれができません。
杖で歩くことができるか否かの目安は、手すりを握らずに手を開いた状態で支えて歩くことができるかで判断できます。手を開いて手すりを持つと後ろに倒れそうになった場合手すりを引っ張ることができないため倒れてしまます。杖で歩くためには常に杖と両足でできる三角形の中に重心を収めて、杖を押すことだけでこれを保つことが必要になります。(写真⑦⑧)
段を“上る・降りる”動作を知る
階段を上る動作は、前方移動と上下移動を同時に行うことが特徴になります。
手順としては、上の段に片足を上げて体を前に倒し、上げた足の裏の踵からつま先の間に重心を移動させます。そして大腿四頭筋という腿の前面にある筋肉に力を入れて膝を伸ばし段を上がります。
この時に横方向に関しても、常に倒れないように無意識にいろいろな筋肉を働かせてコントロールしています。
最後に
今回は、手すりのことを考える時に必要となる動作に関することをお話ししました。
次回は実際に自宅に手すりを設置する場所や方法についてお話しさせていただきます。
【参考資料】
・小原二郎 「インテリアの人間工学」ガイアブックス 2008年
・勝平純司 「介護にいかすバイオメカニクス」医学書院 2011年
・溝口千恵子 「生活にあわせたバリアフリー住宅Q&A」ミネルヴァ書房 2002年
・野村 歡 「OT・PTのための住環境整備論 【第3版】」三輪書店 2021年
■監修_リビングサーラ/施工管理担当者_資格:1級建築施工管理技士・2級建築士
WRITER PROFILE
八木幸一
豊橋創造大学 保健医療学部 理学療法学科 教授
理学療法士として心疾患や呼吸器疾患の急性期や在宅リハビリテーションなどに従事した後、豊橋創造大学にて理学療法士の養成および大学の地域貢献事業推進、在宅リハビリテーションや災害時の要介護者の避難などの研究・支援などを行っている。